Know thyself.



2/25
やはりだ。、
これは確実だが、
感謝がすべてということだ。

感謝して頂きます。

それが全て

ご馳走様。













2/1

…すこし去年に比べると、年始めなのか、急いでいる感じがする…。
「しかしこの状況は何も生み出さないのも事実)
社会的な機関をちょっと使ってしまっているからだとは思う。
社会を考えると、途端に問題(エラー)が浮かんできてだめになる。
だから、なるべく自分の能力で生きる事をしなければならない。
でなければ、自由にやりたいことをやることはできない。

だいたいの、二十代の使い方はわかってきた。というかわかっている。
ここでは一切必要の無い金を求めてはいけない。確実にそれは遠回りになる。
貯金は無駄。
「目的のない貯金は余分な脂肪に似ている。…いつもはだるいが、たまに危険から身を守ってくれる。」

しかし去年は基礎があったから良いモノノ、今年は基礎から作り直し、
これが最終的(自分にとっては中間表現地点)に何になるかは、当たり前だけど誰も知らぬ。
健康第一、身体ダイイチ、
死なないようにしたい。(途中で去られても中途半端だしね。)


まずは売り場の模索、ユナイテッドアローズに置いてもらえるような品物、
それと同時に自分達での売り場&表現スペースをつくっていくこと、
(消費されない消費の方法論)

銀行 ー不動産ー流通ー建設ー素材ー 

テナントで店を経営するにしても関わる他の仕事は多い。
例えばこの仕事の繋がりの構造が見えるような、そしてそれを肯定するような方法を見つけたい。
 










11/25
絵画と言語。
ビートルズのリマスターBOXをアマゾンで調べて、アメリカのアマゾンを覗く。
するともちろん基本言語が英語だ。
基本が英語。
自分は日本に住んでいちおう日本人なので、基本は日本語だ。
基本が日本語のはず、なのに、何かと意味を付ける文字の場合英単語(正確には英語文化から発した日本的当てはめなのだが)
を使う。
これは、単に言ってしまえば、自分の文化形成がゲーム、アニメ、マンガから成っていることにかなり起因する。
そういう何かを表すものをつくる場合、英語のデザイン力みたいなものを借りることが多い。
日本語はたぶんまとめるのが下手だと思う。まとめて一つの言葉で内包させるのはかなり下手だ。
日本語が得意なのは、想わせる か 云ってしまう である。
内包というかたちにおいては、どちらかというと質 みたいな、やはり日本的で日本人だから感覚でわかるのだが、
言葉の形式よりも、姿勢を表すというようなことが文字の基本になっている。
なんとなく文字に対する捉え方がちょっと違う気がする。
やはり、大陸においては、、売るということの意味合いがすごい重要なんだと思う。
価値を売ることが生活を守ることになるとしたら、
その商品の価値を1つに内包しなければならない。ということなのだろうか。
それも言語、文化の違う人間に対しても価値として提供しなければならない。







言語。

こいつあ、長い道になりそうだ。







11/17
生命力の数値化。
俺はこれを感覚でやっている。

味の美味しい食べ物と、生命力の美味しい食べ物は
かなり似ているが、全く別の次元である。

生命力の弱い食べ物は確実に病気と衰弱と精神の不安定を起す。
そりゃまあエネルギーが少ないからな……。

一番活きのいい奴は絶対力になる。
そいつを食うと、そいつの力を貰うことが出来る。
だから、感謝しなければならないのだ。食べるために。



11/15
いくつかの予定(これは一体いつ始まるのかわからない)と
職業の変換。
そしていまにおけるその関係性。

金銭を得る仕事を、自分にとってどの立ち位置にするか、ということ。
始めから補助であり、社会と接するのは自分の会社(?)においてである、という考え方。これは前の。
あるいはその仕事がやりたいためにその仕事に入るという方法。

しかし自分にとって他人の会社を「やりたい仕事」にしてしまうと、
そこの中心に合わせる必要は必ず出てくる。
自分勝手は許されない。
つまり、途中で突然自分だけ、というようなことは、社会人では認められない。
しかも共感して入ろうとする場所ならば、一員として常に行動することはやっぱり起こるだろう。

そして金銭を得る仕事として仕事を設定すれば、全部自分のプライベートの時間が先を繋ぐファクターになる。
これは正直言うと、仕事自体に支障をきたす可能性が多少あるが…。
あくまで、自分の決めたことに逆らってはいない。

ここが問題で、自分の考えに合う企業に入った場合、
作家としてプライベートを全て使うと、仕事としての仕事がおざなりになる可能性があるということ。
自分でやると決めて入った職場に迷惑をかけるかもしれないことが、
周期的に起こってしまうとしたら、これはちょっと問題だと思う。

(作家は一人だけの世界に入ってしまう時があるので、その状態ではまともにお客さんを相手に出来ない可能性がある。)

つまり相互作用を促す職場であるととても良いのだが。








11/12
命の使い方。
これはとても重要な問題。


日本は遊べる国だと自分は思う。家制度というか、そういう閉じた社会構成のことを考えなければ、
全く自由も良いとこだと思う。
体をそれなりに鍛えてフリーターでもすれば自分の循環だけで相当生きられるはずだ。

簡単に言うと、死なない国だと思う。
ホームレスでもなかなか死なない。何年も同じ人を見かけることが出来る。
金がなくてもどれだけ食っていけるのだろうか。この国は。
自分の立場と相手の立場を理解して売り込めば、確実に飯が食える。他の国で出来るとは思えんが。


それゆえの引きこもり現象がおきている。
もともとの気質が鎖国したりと引きこもりなのだが。
島国ではある程度仕方が無いとはいえ。


でも問題は、輸入大国のくせにひきこもり気質だっていうとこではないか。

この点において、自分は輸入元の国を訪ねずには居られないだろうなあ。と感ずる。
ここは命がかかるのでちょっと問題である。


輸入するにはかなり政治的やら国同士の関係やらが働いているはずで。
つまり誰かの命が余裕で賭けられて、届けられた物を100円とかで適当に買っているのである。
これは危険だと感ずるを得ない。
その100円は一体何人分の命がかかったのか。これは日本人として最も考えたくない問題である。
考えたら一気に自分の生活が冷めてしまう。

書くべきではないのか。頭が痛いよ。あーあ


つまり、自分の関係している人の根源を辿っていけば、おのずと答えは得られるのだろうな。関係ない人の元を辿ってもしょうがないからね。
俺はコーヒー飲んでるからアフリカのドミニカ共和国とか行くのかなあ…。ん〜w


飯が食えるってのは本来最高なのだよ!!!!!





11/12
並べてみようかな。


行動するには、何かしらの条件がいる、ということ。
そういうことを考えてみよう。
つまり動けない理由は何か、
(正確には動かないだけ)

自分は社会に逆行というより社会をずっと読んでる立場なのだろうなあと思いました。
社会に逆行するということは、社会に属しているということの証明でもあるからね。
そういう力の出し方が必要ならば、やるであろうけど、その時間のことを考えると、本当に必要かどうかは怪しい。
これが自分が職業:作家になりきれない何よりもの理由であろうか。
ていうか作家になったら作家として働かなきゃいけないじゃん。!
やろうと思えば数十億は手に入るだろうなあと自分の頭を思う。これ多分勘違いじゃないのよね笑。
「 つまり北海道において、俺という存在は、世界観を吹き飛ばされたのだ。」
すさまじい金があったとしても。その時間と空間と、今までの自分とそれに対する今の経験。
これはどうしようもなく買えないのだ。
金があると金があるということにしかならない。
よって金を持つということは、金をどう使うか考える必要が出てくるため、出来るけど、やるべきとき以外は必要がない。
俺は外国行って飯食える環境を整える金にするだろうけどなー
日本には金が必要ないからね。まじでw


作家として認められるには、作家として認められないであろう行動を取らなければならない。
という自己矛盾がある。
つまり自分は、たぶん、〜展に応募できないような…。するのかな…。
そしてする場合は、他の全作品、審査員、建物に対しての作品が存在することに際して、、
全員俺の下である。という条件の元に行なわれるのであろう。
認めさせない。ということが、芸術作品が現在とその場所において、芸術作品」たる条件であろう。

でもそれは、社会においてのお話。
つまり人間社会組織における芸術としての役わり。
社会から脱してしまった人にとっては、(人である以上完全に脱すことは不可能だが)
もうあんまり関係ないのよね。

そして自分は世界を旅するなりな〜。そんだけで良い。








10/17
てきとーでないなんてことはゆるされない!!
















10/5

経験はすべてである。



人が、認識、活用できる情報(対象)は限られている。
今は思っていることは、次の時間場所ではまったく別の思考感覚になる。
それは夢であったかのような、
つまり、現実は一切存在などしない。
現実とは、その状態における、その人の感覚的記号認識にすぎない。
例えばお金がなくなっても、多分死なない方法はある。

そうなると、現実を見ろと言う人は完全にバカということになる。
現実を見ていないのはその発言をした本人であるから
現実とは、皆が集まってできた夢の集合体でしかない。
それがようは街として、社会として、存在(するように)している。

そしてこのことは、豊かさととても関係している。
食べ物がなくならないという状態は、身体にとってはまさしくずっとゆめにいるに等しいかもしれない。


しかし、
はっきり言って、過酷な条件での生活は、
とてつもなく現実である。
ここには夢をはさむ余地がない。
太陽が昇って沈むまでにやることがしっかりある。
社会においてのやることなどは、せいぜい人との関係を上手くつくることだが
まさしく農業/漁業においては、食うための仕事であり、
















9/22
生まれ棐もの有り



感覚が違うのは何の為か、
ゆるせないことがある。
まちがっていないんだろうが、だがそれはずれている
常識
糞常識
それが自分にとって当たり前だから、
それを他人に適用する。

そしてそれにも関わらず混同し気付かない。
なめているのか
どういう次元で会話がなされているのか、全く理解していない。
年下、
本当に、歳上は厄介だ。
馬鹿が多い。


そしてそれを自分も年下に適用しないよう気を付けたいよな。
それは誰もが間違える事かもしれない。自分が必ず上であるという無意識の自覚が、どうしても存在してしまうから。
糞常識。

少なくとも、気を付けはしたい、
必ずやるのだから。
いや毎回やってるか。多少の後悔とともに






8/16
朝が来て、昼になって、夜に沈む。 そして夜中。
そういうことを忘れていた。
今は昼の何時だとか、夜の何時だとかで判断していた。

日光の入らないこのマンションで、
一瞬玄関の廊下に強い日差しが差してて、色々干してみた。ギターケースとか…
そういうことでわかった。
一日に違う時間であり、違う状態の風、空、太陽、
これを点で今までは捉えていたのか。
だから、自分の状況にあった点以外は嫌なものだと思ってしまっていた。
そうではなくて、これは大きな流れでしかなく、
もともとこのマンションは風通しも日照も悪いのだから、
こういう瞬間的な状況を恵みとして利用しない手はないのであった。
カビだから=と悲観している場合ではなかった。
そして自分の中心から動くやり方ではなくて、
外の時間を自分が使うやり方に変えた。

これだな。

部屋を自分の個室と勘違いしていた。
いやもちろんそれは当然の感覚だと思うけども、今現代では。
でもそれじゃあ成り立ってないねんな。
それがようやくわかった。


プライバシーを捨てよ。



8/14
娘の手を引いて一緒に歩く父親、
すごい優しいんだけどすごい強そう。
というか大きい。

やはり憧れるな〜笑、



8/12
〜日々、何かしら戦っている。
最近はやっと自然になってきた感だが、やはりまだ戦うべきものどもがいるのだ。
正直言ってもっと自然にゆるく生きたい。気がする…。
あと楽しいことは他の人の邪魔にならない程度に楽しんで
でもそれだと何故か俺の状況じゃ成り立たない。
最低なことには、他人を監視する能力が無意識下で常備されている辺り。
これは気付く人間を恐怖させる。あるいは虜にする。好きか嫌いかの一瞬どっちかしかない。
…それ自体も自分の思い込みである…。

これがそもそもの戦いの原因なのだ。


諸行無常で行きていれば、すべてを遊びとして捉えられるのだが、
でもそれも疲れはする。楽しいけれど。
連日はムリ。

わかっちゃいるけどさー
本気になると、戦うしかなくなるんだべ。
だって許せない奴ばっかだもんな!!!!!!!!!
逆に許せる人はすげーと思う。このいやらしい(笑)センサーに引っかからんとは。
まあこれのお陰で、人の良い所も悪い所も見えるのですが。
悪いつーか、悪いだけならまだしも、腐った
吐き気を催すようなところも見えてしまう。見えた瞬間に気分が優れなくなる。
見ないことを無意識で選択できるようになれば、良い気分で過ごせそうだしょ。
自分に固執してるから、それ自体と戦っているんだからね?


でもまーやらなかんことは、あんのかな〜
欲しいのならばね。望むならやるべきことはあるのであろう。











8/9

ゴッホになる勇気が貴方に有りますか。



7/24
嘘は
弱い。

本気は強い。




正直になれない自分とその環境に居てしまう自分をどうにかするべきだ。
これはネットか、ホームページの隅?
キーボードにて打ち込む?>
部屋にいる
なんだかちょっと、どうにかしたいことがある。この部屋を、
上手くいかないことは、どう手を付けよう。
わからないか。
けど、ひとつわかっているのは、もうやることだけはわかっている。




7/22
やるしかないね。
遊びと本音の境界線
それを越えてしまった以上、必ずケリは付けなきゃならん
何をやっても付いて廻る。
誤摩化しは不可。

だとすれば
正面から喧嘩を売るしかないだろう。
それが出来ない相手であろうと、
逃がさず逃げず、、?







7/16
ずっと前部屋を大掃除してた時と同じ感じ。
綺麗にして整理する、ということでは、全く済まない。
一度全部引っくり返して、
そのなかできれいにして、
いらないものを捨てて、
最後に残った物を整理する。

途中である今はホコリもやばし、カビっぽいのもやばし…。
思うにこのマンション自体が陽が当たらないじめじめな位置にあるなあ、とか


7月に大掃除してるの俺だけやろな…
あんま気入らんし笑




ー生活
を語る以上、
自分の現在の生活が何によって支えられているのか、
その洗い出しが必要だ。
でなければ、、生活を大切にと言っているのに、
その気持ちを少なからず嘘にしてしまうことになる。

喫茶店は、現実の雑多なお部屋から僕を解放してくれる存在だったと知りました。
でも、もう十分なのです。
自分の生活と向き合うときなのです。
どんだけのものがあろうと!






7/11

いつかなんとかなるのかと
思ってしまう時。 そんなことはあまり考えたりはしないんだけどね。
過去に描いたはずのモノが、何故か大したことないように想えて、
というよりか、それは自分が描いたけど他のイメージからのなぞりだったという。
それはその通りではあるが、その瞬間は自分の絵だと思ってやっている。
それよりもいちばん悲しいのは、その時あったはずのあの感情が、何故か入っていないと、
自分自身で想ってしまうことにあるとおもう。

感情とその結果が、その絵のすべて。なのになー
売れる絵を描こうとしてたからか、そいや、感情あるのにないみたいな。
こういう絵を描けば良いだろうとたしかにおもったな。





6/27

そう、時が来たのだ。

「もうここにはいられない。」

それを身体が無意識に自覚しただけなのだ。


いつもと同じ道を走っていることを、どうしても自覚せざるを得なかった。
スピードを上げても、趣向を凝らしても、
それは自分がつくりだしたあるループへの帰結でしかない。
それをどうしようもなくわかっているから、 どうにか、全力でやってみる。ということにするしかなかった。
それはそれで良かったのだ。ひとまず、力を出し切って
そして倒れた。











6/23
何故日本でものづくりが重宝されるか。
答えは誰でも分かってるだろうけど、自分らでつくってないから笑
年金をちびちびとした生活と暇を持て余した娯楽(だらく)に使ってすごす会社降りぐみ。
多分よ。何かやりたいんだけど何もやることがないんだと思うんだ。
でも自分で考えるのも何かだめで、
とりあえず同じような仲間と一緒にふらふわとね。


ものがつくれるだけで何か凄いって思われるのは変な状態なんだと思う。
それが特別みたいな、 どんどん商品化もされてるし。職人というかものづくり自体が。
若いやつらは簡単にそういう楽しそうなモノづくりの集団をつくりたがって、
ほとんどの人は仲間内の幻想のまま、社会と会社に飲まれていく。


社会はそれとは全く逆方向で動いているから、
ものづくりを大切に出来ない環境が整えられている。
自由にやれるのは学生時代のみ。


もし、本気でものづくりということをしたいなら、
とりあえず過酷であるという覚悟は必要なんだろうな。







6/21
デザインについて。
たぶん自分のやっていることはよりアート系なんだと思う。
生き方にそのまま表現をかさねるという。

しかし!


じつはその表現という代物を、社会に繋げているのは、
デザインされた空間! なのだ。
社会性アートならばその限りだけではないが、お金が関わってくるとアートは途端にむずかしくなる。
(というより表現も、社会を意識した時点で表現者自身何かしらのデザインは行なっているが。)

お金という存在と、アートはマジで戦っているから、アートやって金を得る行為を段々何か矛盾をね。感じたりね。

アートは  はじめから 死にのみ  むかう 行為だと  俺とかは思う。

だからアートやって死んでったやつだけが本物のアーティストだと思う。 …。 えー。

んで、とりあえず人間つか生き物には持続的に生きたい願望があるから、
生活を創造するという、デザイン の方向性がやはり誰しもある。

これとアートを巧いこと組み合わせると、社会にとって発見をもたらすモノでありながらちゃんと社会に存続出来る場所が出来上がる。



と前置きは長いのですが
発現する場所! が

既に他人のものでしかないので。
まあそりゃ頼まれたら出しますけど。
初めから接続空間を頼るのが何かだめなので。
自分でね。
社会と接する会社を つくろうと
思ったわけですよ。

ってそんなん皆分かってるか。笑/









6/6
know thyself.

己自身を知れ









5/7
アーティスト?
鬱病の事態。
緊急

大学を出てしまうと突然居場所がなくなって自分ではどうにもできなくなる。


これは美大生にとってはとても重要な
というか始めからそうなるであろうことは予測できた。
なのに自分は表現者だとか、好きなことをやってとか
そういう浅はかな考えだから鬱病になる。
一般人よりも精神よわいって…


まあすでに一般人と美術系と自分で言ってしまったところから、
その病気は浸透してしまった。
んなもんねええ


美術大学におった人間が宗教まがいの
自分さえ律せない状況になるというのはむなしい。

それへの最大限の闘争だったはず

やはりこれは「 美術大学 」のもっとも悪いところだろうな。
画家が美大のノリでやれるか
そこはお遊びでしかないよ。


やっぱりなるべくしてなるよな。と思うね。つくづく。
なんかなと思ったことは全部後に何かの形で表面化している。






4/22
デザインはもともと経済体系に乗せる必要はなかった。
というか、人が生きていく中で必要なものを形づくるのがデザインだった。
それは個人の生活習慣からのデザインだったり、
共同体におけるシステムデザインだったりした。

それが、 売ることをしなければならなくなった途端に、
ほとんどその煽揚道具に落ちてしまった。
形を整えるという性質上、デザインが商売と結びつくことはわかりやすい。
この時点で、もともと生き物〜人間が行ってきたより善い生命活動に対するデザイン。と、 
モノをより良く見せるための広告デザインとに二分されたと考える。

そして、後者は本質を隠すことを特化していった。


ゆえに、
自分はあまりデザイナーというものに興味を抱ききれない。

それはもしかすると 地球規模で考えれば、地球を後退させるかもしれない

絶対に、、、売れているデザイナーが言わなければ、いけないのは!
これで自分はここまで稼いで、金儲けをしています。
と正直に白状すること だとおもう。

その金がどっから出てどこで回って、その先の金で買われた資源や人はどうなるのか
本当は広告をやる気ならば考えろ。



やっぱり就職できそうにない笑




4/22
何で就職しないのか
考えてみた。気分

だって面白くなさそうだもんな。
ってやっぱりそういうことだな。

なんだかようわからんつか、それ世界のこの回ってる空間のなかで
必要か ?。
とおもったら、
ほとんどいらなくね?てなる(まー知ってるわけじゃないけどな、

経済を担ってるやつらの仕事が、どうしても何だか、不必要というか 無駄つーか。
どうでもいい仕事多くねえか
それで確かに儲かったとして、それは結局どうなのよつ=、

ってまあフリターの言い分か。


社会という場所を知り、そのなかで自分を躍進させていくことこそ
社会人たる所以かしら

でも、、働くことで感謝される仕事以外ほんとはやる必要ないんじゃないか
お金のため、だろうが、お金って何

直接の感謝じゃなくても、感謝されるべき仕事でないと、本来お金が還元されるというのはおかしい。
代用としてのお金が納められるべきものだから、それが仕事が行われる意味か。

誰も求めてない仕事が多すぎる。(消費させるために欲求を増幅させるための仕事が)
しかも。それで疲れてもう生きていくのが嫌になった。
金のために働いておきながら、考えもせず、金に死す。


まあ正直言うと、笑えるんだけど。
バカぽくて


…まあ、多分原因は儲けたい奴らにあるんだろな。
儲けたい奴が儲けられるシステムつくっちゃうから、なんか偽善な、
まああっても良いけど、いらなくね?
ってのが出来る。 経済活性とか言ってる場合じゃない感じで。
活性は良いけどなんかやりづらくなって、そっちは儲けてるていう

それに飲まれたもんが負けてるだけの話か。よう考えたら、

経済とは美味く付き合って生きましょって話だな。



これすげー&でも儲かる  ってのをつくろうよ

もっとみんな遊べばいいのにな?
不況こそ遊びの時代やで
ガキは遊びに金使わん!




4/21

明らか過ぎる程に、情報不況時代。
情報によって感情が移っていくように
金が全部流れに乗り行き着く場を亡くして留まる。

つまりこれをつくった根本原因は、流される人達
不況が来ると思った瞬間に不況は着てしまった。
そして、不況は来させるべきして来させられも
し 流される人間を遠くに観ながらそれで稼ぐのが商売でもある人々。


危機感は はたして何処から受け取ったのか?
それは確実に、何かのニュースではなかったか?
もしくは誰かの言葉ではなかったか???
これからはたいへんだ
たいへんにしてるのはおまえらだ







4/16
今日は何の日〜。

個の時代の始まり。
集団社会の陥落。

つまり、   何を起こすか、考えることが何よりも重要視される時代。
その中にいかに自分を個としてイメージできるか。

少し曖昧な表現だが、(いつもか



自分のやりたいことを計画して
そこにどう自分が動くべきか計算する。

順序どおりにしか事は運ばないから、
順序通りにやるしかない。



4/13
なぜつくるのか、
なにをつくるのか、あるいはやるのか、


生活の中で自分はつくり手であるなどと自覚するつもりもない。
(でもその時点でいくつかの自覚は存在するのか。)


生活という渦に飲まれていく。。
それが 嫌なのだ。

かといって?


時間は過ぎている。 この前はもっと前の日付であった。
だからといって・

感覚の研ぎ澄まし、 時間の一瞬に対するその変動への集中。
流動

静か     な心







4/11
芸術
芸術が芸術足るには
それが現実を脅かしうる力を持たなければいけない。

ゆえに
もっとも現実を支配する生→死(あるいは愛と孤独)という現象に
芸術は立ち向かう必要がある。

だから命(人生)のかかっていない芸術は本来の芸術でありはしない。
し、認めない。








4/2
会社の頭脳に刺激を与える人間以外必要ありません。


((まともな))会社の本音。


作業要員はバイトと派遣で十分、必要なければ金払わなくていいから。


専門技術があって考えることもできる人間が、自分が社長だったら欲しい。
それを育てるのが新人教育ですが〜。
まあどんなもんだろね。

会社内でいろんな(最終的には利益に結びつくであろう)評価基準を集めて、
それによって報酬も決まるという感じの、内包成果主義というのか、
それが会社の成長という意味においてより自然な流動を生み出すと思うね。
受け売りでもあるけど、、

不況こそ役職の位置替えというか、不況に戦うための戦略体制をとるべきかなり。






ちなみに この期に及んで 努力してる会社は 潰れます。







3/2
それでいいと思った瞬間に、
もう終わっている。

それ以上何もない。




1228
女欲しい。





11/30
まあまあ。

まあまあやってく。感じ、

なんでかっていうと、日本の企業はむっちゃつぶれるから。

あとどうにかすることは可能だけども、

それもギャンブルのような。
どう流用するかがカギみたいなとこがあって
むずい。


それか技術に賭けるか。


資源がないので資源を上手く使う技術は売れる。
資源を安価に便利に供給出来るところは売れる。
今まで資源ではなかったものを資源として扱える技術も売れる。
そのほかは下手すると一過性でしか稼げないな。


なので
農業をまあまあやりつつ、
まあ食ってけないことは無くて、
そんで何かを開発するなりかな。


逆にいうとそれしか方法がない。

だんだんと必ずそうならざるを得ないのじゃ。
それはどうしてもなのじゃ。

さらばじゃ。




11/23
どうすれば良いのか


思うが、
だいたい、それは自分と社会とが関係させない からであり、
自分以外を恐怖の対象として しまうからであり、
つまり、自分の内側だけで収縮してしまうから、恐くて、どうしようと思う。

結局この世は人の欲によって動かされている。
だからこの世社会で成功したければ、欲を読み、それを与えてやれば良い。
欲とは、つまり良いものでもあるかもしれないし、
恐怖からの安心だったり、堕落でさえあるかもしれない。

それを掴み企み構造をつくった人間が
結局世界を動かしている。




11/9
結局のところ、
自分の今までやってきたことと、
そういうようなことをこれからやって行く、ということ。
それに比較して職に就いて暮らせるだけにはするという考え。

これが基から間違っていた。

つまりユメに生きるという行動の制限を自ら課していたのだ。
目的は自由
手段無制限

だったら何がはじめられるか
問題はただその一点のみ、
全てはこれの模造に過ぎない。
つまり世の中の全ての仕事は模造品である!!
だから破綻したじゃねえか。
予想より早くてまじびびったぜ笑


農業が近くにあるとちょうど良いんだけどね。本当は。





11/7
現実を見ないから、将来が不安になってくる。
そしてその不安が、常識的(狂気が常態化していた場合は異常な)な解決策へと向かわせる。
それが破滅

自らをやっている時に恐怖などはない、
死の危険を感じることはあっても恐怖はない。







10/28
欲望に蹂躙される純真無垢。
それが映し出されてるという事実。





10/25
つまり
これをキーボードを打っている瞬間に
命がかかっていると、
その感覚が、必要だ。


守られている場所へは行かない。








10/16
流通経路。思考と欲しい物の。

美味しい食料




10/16
やっと来ました。ついに来ました。
保護対象からの排出。
大学卒業&就職or自由主義。

やばいね。
どっちにしてもよ。まあどう振れるかわからないから怖いんだろうね。

就職すればかなりの自由は制限されるだろうな。
自由主義は先が初めからないような状態。
就職を考えた段階で、社会に属することを考えなくてはいけなくなった。
これはちょっとめんどくさい。
一応就職してもしなくても、就職活動中は体裁を整えなくてはいけない(ような)ものなので。
それに世の中を読むのに一番居やすい場所がやっぱ欲しいしな。
むずかしい。


どこから踏み込んでどこから切り替えるか、と




まあ欲張りなんだろうな。こういう悩みをすること自体が。









9/25
急ぐことが多い。
何かしら急いでることが多い。
最近は無になることはあんまりない。
存在が無くす感じ、

ほぼ全ての人間は生活に追われている。
楽しんでるはずなのに何か足らない、何故か違うのは多分それが原因だ。

だいたいの人は、やめてみることは出来ない。
まずそのことに意味があると考えることが出来ない。
結局何かの行動の連続なのだと割り切るしかない。
仕事と家事とその合間の休息と楽しみ。
そういうループの中で自分らしさだとか幸福を追究していくしかない。
終われない。


だから、何か自分の適当さ加減を見ていると
絶望的に終わって欲しいんじゃないかと思う。
煩わしいやらなければいけないっぽいような事柄から。
(でも生活環境は維持する必要が絶対あります。!!)
社会的に抹殺してほしいのか?笑笑。


要は生活そのものに命かけてみたいってことだよね。






8/5
宗教。
って
虚しいなと思いました。
環境保全宗教とか、本当に環境のこと考えてるとは思えないような。
言ってるだけで、危険な場所へは入り込もうとしないのが多いのかもしれない。






8/4
ライオンも虎も、切羽詰まらなければ互いに戦おうなどとはしないのです。
だって怖いやん。
命を賭けられる存在は殺し合いで勝てる可能性が半分やから、
もしかすると今の命捨てないかんくなるかもしれんわけで、
普通に生きてられる状態で、そんな危ない賭けをしたいとは思わないのです。
だもんでお互いを尊びつつ最大の警戒を払って近付かないのです。

怖いしね。お互いに





7/29
んー

ゲームはいちばんの虚構であるはずなのに
何故か最も現実味を感じるのは何故か。

この世の中がどうやら意味がありそうであって、
ゲームには全くどう考えても意味がないってことが重要だと思う。

意味がないのに動いてて動かさないと死ぬし。

ゲームだけが現実と離れてる気がする。

現実が自分にとって全くの虚構だったら、ゲームはあるいは現実になりうってしまうかもしれない。


最高のゲームの中での純粋な勝負による死は
もしかするとニュースで流れてるより崇高というか
そいつにとっては凄い選択なのかもしれない。


もしつくられるとして、
そういう危険なゲームを
多分つくることが可能な
構想だけはあります。






7/23
にほんじん

頭のわるいにほんじん


そこで他人が殺されてるのに大変だな〜としか言えない
いやお前が死ねよ。



死んだとて誰も悲しみゃしませんよ
だって大変だな〜って皆思うだけだもんよ。

そういうこと理解してますか



不干渉のニホンジン。不感症なのに感じさせてくれないとニホンジン。
死ねば好いやんニホンジン。

早く死ねよ。



何かもう阿呆すぎて付き合ってらんない。
もう少し希望持ってた。



でかいやばいこと起こったらゼッテー笑ってやろ。新井がワールドイズマイン書いた理由すげー解るわ笑。




6/28
今日は旅に出よう。






5/30
宗教は信じるものじゃなくて常に横にあるものなんだなと思った。







5/17
わかった
意味に殺される。

どうやらそれが何故か俺が頼りにしていた物だった。
やっていることに意味がありさえすれば、まだ自分は大丈夫だと
思っていたね。






5/9
風邪では大した行動ができない。
大した行動が出来ないから、まあ適度にゆるくやるしかない。
なので色々まあいいかとなる。
このゆっくりさは一番忘れてて一番忘れてはいけなかったものだと思う。
あー
他人なんかどうでもいいのか
やっぱり下手にやることがあるとそれに走ってしまうから
そういうわけで風邪になったんだろうなと思う。
スタート地点に戻れってことだな。

元気ですか。
自分は元気ではないけど、元気でなくもないです。
老後の過ごし方を思案してる次第です。

めんどいので目標は捨てます。
疲れるので。風邪になるし…w
アホっぽく生きていきます。





5/8
絶望の序章、
経済の衰退によって
どの辺りから消えてゆくだろうか

各企業の課題として、
まず高価格の商品が売れなくなる。
原材料・輸送費の値上げで原価が上がる。


要らないものを削減でリストラ、保護の解除





5/4
ニュースで見るだけだけど、
五月に入って死亡事故多くなった気がする。
四月は硫化水素自殺月間だった。
これは一応五月病の緩みから来る勢い余りなのだろうか…
何はともあれ自分の周りでは起きないって
ことだけはないので気を付けよう。

人生設計に死ぬ確率の計算も入れとくべきなんかな。
衰弱死ってかなり良い生き方だよなーと思う。






4/30
他を気にする自分は一体何処を生きているのか?

やりたいと思ったこと
やらなきゃだめだと思ったこと、
のみやって生きれ。
それ以外の生き方は怠惰でしかない。





4/29
人間は知恵を付けたがために幸福を追求することができ、
欲望を実現化する能力も手に入れた。
人間は最も残忍な方法で欲を満たせる生き物。

地球に優しいエコの宣伝はちょっとおかしい。
自分たちが生き残りたいからやりましょう、って言うべき。






4/27
芸術が芸術であるためには
金の流れを巻き込んでそれ自体を含まなければならない。
二分されて遠いところに置かれてる存在では全く意味がない。
だから芸術は無尽蔵に金を吸い尽くしていい。

芸術家は金と決別するべき
金をただの手段のみとして見る。
金はあって良いけど、金を身につけることはいけない。
金持ちから無一文になってもいいぐらいの気概が欲しい。




4/21
気になってたことを何故だか誤魔化そうとして
もう心が勝手に気になってんだから、気になってるもんだと認めてしまえばいい。




4/10
欲しい物をそのようにつくること。
でありながら確実に利益を得れること。
そのためには上手く人を使えること。
いかにしてコストを最小限にするか。
その上でどれだけの魅力あるものをつくれるか。

あとはイメージと実践。
とにかく、欲しいと素直に思える心が大事。







3/7
認識は常に相手との一対一の勝負だった
これを逸らすから現実感が薄かったんだ。
認識対象が人間でないか生き物でもなくても当てはまる。
同じ土俵に立った対峙すべき相手。
どちらが弱いも強いも優位も劣等もなく、ただ現実として対峙すべきもの、
これが自分を一人のただの人間だってことを理解させてくれる。
全てと対峙したらどうなるん





3/3
目的が漠然としたお金は使ったらいけないことに気付いた。
働いてお金貰って生活してるなら、
漫然と金を使うことは漫然と生活することと同義だ。
もっとはっきりさせて使うべきだ。
ゆるいよりも少しきついくらいが意識がしっかりして良い。
当たり前にやってることを止めてみるのはたまに良いかもしれないす。
必要最低限が一番活き活きできるのか。

自分を生かしてる物が具体的に何なのか。






2/12

全ての雨の着水する瞬間を一つ一つの認識を持って同時に聴けたら、信じられん音楽になる。
雨の音って実は傘に当たるのと近くに落ちるのしか聞いてないことに気づいた。
人間の認識はかなり狭い、意識して聴かなければ何もきこえないくらい。
全ての感覚器官を開くべきだと思う。




2/8
まだ自分は生きておるです。
そう思えて面白いですわ。

また、何にもやらなくていいのだ〜
と思って良い感じです。

何もやらないで、静かにしてると
はら減ったな とかそういうふつうのことを自然に思います。

なんだか楽器が鳴らしたいなとか、


ちょっとだいぶ楽しいかもしれない笑







1/23
表現は、世界をかえる義務を持つと考える。
表現するということは他との関係を持つことであり、
その場において他を排除した自己満足を振りかざすことは
もっとも醜い。
(それは俺自身にも言える部分がある悲しいことに)
あるいは他を排除することによる他との関係性ならばこの通りではない。

世界との関係を
あとはどう伝え描くか

身体を動かす、あるいは静かにするのみ。





12/17
全て。経緯をたどって形になるね。
物作る時はいかにその形になるのか、て考えんといけない。
だいたい先を急いじゃうもんだけど、後でたどり直すことになるので。
初めにつらつら試行錯誤しといた方が良い。

そんな話の続きで、
ギターの和音を初めて論理的に確かめてみました。
ずっと感覚だけでやってたら、やっぱり同じ音ばかりでつまらなくなってたので。
音階が決められて6弦あるのやから、
何でその6弦かって辿ってけば、色んな音がわかるね。
全部辿れば全てのコードのつくられ方が解ってしまう笑

弦は論理的楽器だな。
笛は明らかに感覚楽器。
太鼓はリズムが大変だね。




12/12
ぞろ目

国をつくること
国として本当に存続して行く気があるのなら
人間一人が生きるのに何が必要で、
一人の集合した共同体にどんな構造が必要か
を考えな

一億六千万人…だっけ? が多いから厄介なんだけど。


医・食・住の確保、信頼による社会形成。
だな。



12/6
学校行く気もなくて
バイト終わって家帰って寝て起きて
やるはずのことはあるけど何となく手は付けられず、
ネットとかテレビで無作為に情報を探るもそれも飽き、
何か起こらんのかと当然の結論に至る。
全てが中途半端でありながら限りなく無に近い何も起こらない状態。
虚無
やはりこれが始まりであるらしい。
全部何も起こらない、底辺の状態。
自分がすべて動かなければ何も動かない。
もうやるしかない、ていうかやればやった分だけ答えが返って来る最高の。




11/27
日本が生き残るには技術を使うしかないね。
物量で勝つのは無理やし、手を出すに出せない構造をつくるのが一番良い。
発明大国として出るべきかな。
電器メーカーも頑張ってるとこは頑張ってるな。

夜の地球地図見ると日本が一番明るかったり、
狭いしどこも電気付けっぱだからそりゃそうなるか。




11/17
必要以上の物は確実に堕落の材料となる
どう金を稼ぐかと考えると金がない恐怖がおそって何も思い浮かばなくなる。
底から見た光はとても眩く、上から見おろす闇はあまりに深い
生き物は底から光に向かってゆく時が一番輝くね。



11/16
炊飯器発明したやつすげー
米炊けること発見したやつもすげー
良い感じのご飯が美味いことできてしまう。
すばらしき炊飯器の存在



11/13
先を目指すことよりも
地に足が着いていることを確かめるべきだ
生き物は金でも時間でも仕事でも生きていない
立っている世界を理解すれば
身体は勝手に先へ行く



11/12
金の世界
金がないと金の世界では生活するのが難しい
だから金が貰える会社に勤めたりして、
しかし何処から金が出てくるのかほんとに解ってる人はほぼいない。
数字上では収入ー支出=利益が金の出どころ、

自分の金を得るための仕事がどんな物で成り立っていて、
世界にどんな影響を及ぼすのか、その全てを納得した上で生活できてるか。
例えば俺はパン屋でバイトしてるけど、
原材料の輸入先、そこの環境がどうなっているか知らない。
土から育った麦が穫られて潰されて粉になって
工場で練られて生地になってトラックで運ばれてきて
んで自分らが焼いて店に出るんだけど。
自分は運ばれてきた物しか見てないわけだからその行程全ての実感がない。
納得して仕事するっていうのは、麦の育つところから見に行って
この麦で自分はパンを焼いて客に買ってもらうんだ。
ていうのを知ること。
とりあえずは大企業の作業分立がこれを妨げてる。
これが続くと金のバランスが崩れて全部崩壊する。
バブルで一度崩壊したのか?w

生活が何なのか考えてみる必要が皆にあるな。
経済社会だと生活で絶対金が必要になってくるから、
やっぱり金について考えなきゃいけないだろな。
社会人になるっていうことは金と切れない関係を持つってことか、、、




11/9
ALWAYS続三丁目の夕日
このシリーズ別に見たわけじゃないんすけど、
人気が凄いっていうことで
皆今より昭和のあの空気のが好きなのかな〜と思って
だったら生活レベルをもっと落として必要な技術だけ残して生活したら良いんじゃねえの?
と考えた。
昭和のあの頃のほうが良かったって言う人は
クレヨンしんちゃんオトナ帝国の逆襲を見るべきだな。





11/9
困難なことへ向かうとき、
気合いを入れて行くというのでは、だいたいすぐ折れるか身体が持たない
もっと静かにため息さえ出るような静けさで
ああ行くか。




11/4
女は美しさを、男はかっこよさを、
求め続けるべき。




11/3
春前はいずれ世界周遊と考慮してたはずなのに
感覚がずれたのか、先まで見通せなくなってるのか、
あるいは他の考えるべきことがあるのか。
何故だか新しい場所へ出向こうって気が前に比べてなくなってる。
前は発見こそをひたすら求めていたもんだったけど。
探求者、冒険者でありたいね。





10/28
思い出す自分の意志で手が動くことの
目の前の他人が生きて存在しているてことの不思議、
何も決まってない。
強さを被ってそれを求めて、
実際は何も要らなくただここに生きていればそれが凄い。
全員最高になれ





10/27
秀才は理性を最大限に高めた者であり
天才は感性を究極にした者である




10/27
ごちゃごちゃしてきたら蛍光灯を消して机の上の灯りひとつにしてみると良い。
何も持たずに夜の中を散歩するのも良い。
だいたいにして無駄に持ち合わせているものが多過ぎる。
一回自分独りに戻ることが大切だな。
世界を動かす気なら何も持っていないほうが良いからね。




10/19
越えるべきもの、
雨が降ってズボンが濡れて靴に水が入って腹は痛い。
寒い、冷たい、痛い、心地悪い、
我慢するのを解けば心を浸食するものは何もなくなる、
不安とか怖い気持ちとか、
そんなんどうでもいい。
黒い地面が光ってかっこ良かった。





10/18
雑多。収束はあと少しか。
部屋の片付けか、
とりあえずこの結論で今年度の行動が決まる。
まだ足りん気がしてるよ。
伝説まで





10/15
雑貨を作ってて思い出した。
去年だったか、一昨年だったかの冬に
渋谷駅の外れたとこでアボリジニーの笛をつくって売ってた日本人の兄さんがいて、
その人も麻のアクセサリーだとか色々つくってて、
終電間に合ってないのに話を聴いてた。
その時は疑ってた気持ちもあって、アクセサリー買ってさらに色々付けてもらったのに放置してた。
そんで今もっかい出してみたら何か気持ちがわかるというか、
自分のきっかけだったのかもしれないなと思った。

逆に言えば、そん時の自分が半信半疑だったのだから
そんな上手く行くもんでないんだろうけど。

この繋がりはすげーです。
尊敬する人かもしれない。

つくります





9/29
自分のためだけに生きても、
周りがあるのに無視するのはもったいない。
全てで世界なら面白いほうがいい。




9/22
守り続けて、壊れてしまった後に砂の城を見る。
ただ熱心に固めても結局変わってない

自分が持っていたのは何の自信か。

自信よりも、〜よりも、結果に繋げる行動こそ。





9/14
自由とは
生きている時点で、既に自由は存在しない。
生きなければいけない弊害があるから、
それを無視して自由には成り得ない。
死は自由ではなく、無。
そこで終了。
本当の自由は自分の生を受け止めることでしかない





9/7
考え方
うやむやな時はやらなきゃいけないことが自分の前に沢山ある気がする。
でも実際にやらなきゃいけないのは生きるのに必要なことだけで、それ以外はさほど重要じゃない。
寿命は猶予期間で、その間に何をやるか選択出来るって考えると
いきなり面白くなってくる。

急ぐ必要もないわな、
順を踏んで確実にやることが大切だね。




9/5
電気を付けると明るくなったとこにしか意識が向かないけど
全部消すと意識の向かう場所もない。自分が無になって周りの様相が見えてくる。
例えば外の音がやけにはっきり聴こえる

人間は自分を守りたくなる。けど、
守りに入ったそれ自体が本当は崩壊の入り口で
それを踏まえて越えた先にしか生は存在しない。

体験しもしないことの心配事はするだけ無駄、
あるいはそれが無駄なことを理解するために必要。
心配しながら生活してたらそもそもなんで生きてんの?って話になる

全てのことを決めるのは善くも悪くも自分。
そんで私は旅をします。




8/28
自分の、できるところをしっかりやれば良い。
この一歩下がった視点を持つことがもの凄く重要だと解りました。
下手に可能性を求め過ぎてると、基礎が曖昧になって自分が何をやってるかわからなくなってくる。




8/15
むせました。
むせた時とか、こんにゃくゼリーで窒息死のニュース見たときとかに思うんだけど。
どうして食うのと息吸うのを一緒の器官通るようになったんだろうなと、
魚はエラだから違うな、水から陸に上がった時に一緒になったってことかしら。
そっちのほうが陸では都合良かったってことだよな。
虫は気管から酸素取り入れてるはずだからちょっと違うけど。
一緒じゃなかったらもっと弊害が出てたんかな。

ともあれまだ進化しきってないのかもしれんですね。
呼吸困難でも一定時間生きれるようにならんかな。





8/13
これをやろう。って意識し過ぎると力が入って途中でばてる。
やることが目的になって、その先の どうしたいか を忘れてしまう。
生き物は環境に影響されやすいから思った通りの結果はなかなか出ない。
自然に結果に繋がることが大切。
やるつもりもないけど、無意識でやってみようと思って
身体が動いてやってた。っていうことが凄く大切

とりあえず100年は残るものを残そう





8/7
生き物は刺激によって生かされてると思う
一人部屋でずっと籠ってると何もする気にならなくなる
仕事と休暇と娯楽だけの生活もそのサイクルがつまらなくなる

今気付いたけどこれ書いてる時は夜で涼しくなってるな。
暑い時は頭が冴えないんだよな。あれは結構困る
環境によって冴えてくる時が決まってる気がする、
だとするとずっと蒸暑くて居心地悪い状態になったりしたら考えれないんじゃないかとか
寒過ぎても考えれなくなるなー

人は無意識で人を求めてる。あるいは自然を
一人でやってるつもりで、本当に一人になると虚無を覚える。

この不安定な状態は重要な気がする。






7/15
時代を生き抜くのに大切なのは、
信頼のおける奴と友達になることだと思いました。

完全に一人で生きるってのも良いけどねw

食品の氾濫がだいぶ起こってるから、
とにかくまず信頼のおける食に携わる人を見つけないといけない。

会社で仕事として食品を扱うと、
食い物が商品にしか見えないので、
判断が適当になるのですよ。

贅沢したい奴らが上手い具合にシステムつくっちゃってるから
ほとんど全ての食い物はよろしくない経緯にたってると見た方が良い。
安くて便利なものは特に、

皆が他人事になったら確実に崩壊しますからね。
だもんでやっぱり信頼のおける人と友達になっておくのが良い。

最後の最後で残るのは本当に信頼関係だけだと思うぜ。



7/14
やりがいがないと人は生きていけんのかもしれんなー
生きてはいても生きてる感じがしないという。

どんなやりがいかはそれぞれで見つけるもんだけど、
自分が楽しいだけだと突然虚しさに襲われる。

自分が起こした行動に対して、外から反応があると
そのことにまた自分が刺激される。
一番大きいのが人に喜ばれることかなー。

やっぱり考えて言ってるだけじゃ始まらんな。





6/28
蒸暑いとぼやけるな〜

インスタレーションで、うちの班は 自殺者の増加の異常 ってテーマだった。
今日遅れて学校行ったら、班で話し合って出来ませんってことになったらしい。
テーマが重過ぎて扱えんとか、人とこのテーマについてコミュニケーション取るのが意味あるのかとか、
最終的には個人の問題だからどうしようもないだとか、
あほか
そんでぐだぐだ言ってやるのかやらんのかようわからん状況だった。
めんどいので口挟まんかったけど。

自殺は生に対する絶対的な逃亡
重いと思うってことはそれぐらい軽い生き方しかしてないってことか?
テーマ的に一番やりがいあるな〜と思ってたけど、そっくりそのまま投げるとは

そういうことを話してるそばで死にかけのハエを完全に殺してたなー、
自殺を重過ぎて扱えんと言いながらハエは無条件で殺す、
その場に居た全員がおかしいと思わなかったっぽいからすげ〜 一人で笑ってた。


自分が自殺を考えるとしたら身体が完全に動かないのに生きてる時か、
それでもNOと言うけど、どれほどだろうな。
植物状態での生は生と言えるのか。
でもやっぱりそこでもうだめだって思ったらその意識が死へ追いやるんだろうとおもう。
終わらせてしまう感覚、どうしようもない虚無感、絶望
一番人間を死に近づけるものであり、自殺の要因。

ま〜どうでもいいので絵描くか〜〜




6/7
何も見ず。
見えてはいるが求めてない。
何を求めるべきかと思索する。

あるいは状況が変わればわかることかと思う。
自分ではどうにもならないのか
でも状況を変えようとする自分もその要因の一つ、というより全てだろうか。

ただやはり虚無はわからない、
虚無になったり覚醒して高揚したり、
それさえも何かに操られている予感さえする。

本当に操られてるならそいつを殺したいね。
外から見てるなら内から睨み返してやりたい。

思い通りにはならない。







6/4
生きてるだけで地球を破滅させてゆく。
便利になりすぎて、それが当たり前になってるから完全に戻すってことも出来ないだろうし、
環境のためにと動いても、緩和にしかならない気がする。
それでも絶対環境対策はやるべきだけど。

20XX年には地球の定員を越えるって予測だっけ?
100年はないか。
その前にこのままのペースで破壊が進むと何十年くらいしか持たないてのも聞いた。
それでも自分を通したい国ばっかだろうから結局やばいんではないか。


こんなこと言ってる自分も環境破壊に加担してる一員であって、
今の生活を全部変えるてのは無理だし、嫌だ。

とにかく皆納得出来て地球に優しめなのは、何も必要分しか使わない。てことだと思う。







5/11
誰が何処で何をしてようが、そいつに何が起こってようが、
それはそいつだけにしかわからないものであり、
他が介入しようとしても、絶対に不可侵。

不運があって同情するとかはだからあんまりやっちゃいけない。
同情するなら金をくれw

 評価も比較も必要ないというか、
相対的に見れば見る程その人本来の姿は変えられてしまう。
他人を羨む、蔑む、
これは最も要らないことだ。

他に自分を動かすことは出来ないから、
本当は全部自分でやるしかない。
周りに流されて嘆くのは、
自分が流されて良いと決めたことに気付けないアホのやることだ。

人との付き合いも友達が一番良い。
というか全てそれの延長にするべきだ。


身体に害を負わせようとする奴と、進む道の邪魔をしようとする奴は叩けばいい。



4/29
天と地
龍と虎
よくある関係だけど、これよくよく考えてみると全てに繋がる。

天は概念、
神様やら、さっき出た龍やら、人の考えうるものすべて。

地は実在、
人が感じられるもの。生き物、

概念上の生物でしかない龍と、実際に最強の猛獣(とされる)の虎を戦わせるという発想。
中国の歴史はやっぱり伊達じゃないw


概念だけでは何も起こらなく、
実践によってのみ、結果が付いてくる。
両者は互いに影響し合いながらも、決して同化することはないし、どちらか一方のみにはならない。

面白いことに、考えというのも経験によってのみつくられる。
自我を誇示するやつがいるけどw そいつが生きてきた中でしか語れないのが事実だから、だいたいそんな大したもんはない。
さまざまな経験はより大きな考えを生み出す。だから何にしても経験はしとくべきだ。(*酷い後遺症が残るのと、死ぬ以外)
まあそういうわけで俺は放浪の旅へ出なきゃならんww


虎は生きてるから、やっぱり龍より強いと思うよ。
夢は生きてるうちに実現w



4/16
食事。
宮崎駿の「千と千尋の神隠し」で、
千尋の両親が豚になってぶくぶく食い散らかしてたな。

盲食は七大堕落のひとつだな、

人間は他の生き物からしたら明らかに食い過ぎてる。
もちろん貧困地域の人たちは違うけど。
あっちも生活出来るように余裕がある奴はしたらないかんとは思う。

話を戻して
飯を食いに行くと、色んな種類の食いもんが並びまくってる。
どれ選ぼうっていう状態。
これ、自制が出来る奴なら自分に合った分だけ食べれるだろうけど、
出来ないやつは与えられた分だけ食べるってことになっちゃう。
メタボリック。って巧いこと名前付けるなーと思ったわw
名前がだらしないもん。だめぽ…って言ってるように聞こえる。

旨いもんは危ねえ。


自制が出来ないやつばっかになると、提供する側は良い気になって売れるものは何でも作る。
食い物が溢れて余ってる状態で、いずれどっかがおかしくなるだろね。
うちのパン屋も終了時には売れ残り捨てちゃうしなー。
俺ホームレスになったらあれ貰おうと思ってるw


いっそ終末が来たら、生きる力のない人間平等に死ぬだろうからそれもありかなーと思う。
そん時になったら法律も何もありゃしないしw 物持ってる奴から皆奪うだろう。
平和で遊んでた奴らは全員死亡だなw


でもそっちのほうがすっきりするというか、
地球的には自然な状態に戻るってことだと思うぜ。




4/15
仲間をつくるやつはほんと危険。
仲間同士で何を求めてるのか知らんけど、
仲間以外の周りの人達への配慮が欠けるからどうしようもない。

それとは関係ないけど道路に立って車止めてるバカもいたな。
俺が被害受けてるわけじゃないから何もしないけど、
自分が運転しててあれやられたら足の一本くらい轢きたい。
殺したら後がマズいから怪我させるまでしかやらんけど、





4/7
常に、判断と決断をしなければ
その問題は自分がそのまま抱えることになる。

掃除をしてると本当にそう思います。

今やっている掃除は
部屋を綺麗にするためのものではなくて、生活を改めるためのものなのですが、
昔自分がやってきたことが全部部屋の中に残っていて、いちいち考えてしまいます。

今見てもこれは良いなと思えるものと、これはないだろと思うもの、
どっちでも良いから捨てよっていうの、色々出て来ます。

ちょうど二年前くらいにこの家に来たので二年間の清算でしょうか笑

何をやっていたんだ とも思いますけどw


でもほんとに、これをやって置かなければ次行くことは出来んです。




3/31
資本主義、〜経済発展によって一番おろそかにされたことは、
資源には限りがある。物は有限である。ということでしょう。

一般人にはどっかわからない国から石油、材木を持ち込んで、
資源は豊富だ、と思わせてしまうところがあった。
ようは資源なんて言葉を考えもしなかったからでしょうが、

環境破壊はどうやら確実に進んでいるようです。


もうひとつ、人にとっての資源に限りはありますが、
物に消滅は存在しえない。ということ。
形が変わることは常ですが、
無くなったと思っても何らかの形で他に作用している。


俺が生活してて特に思うことは、
自分が出したゴミは結局何処へ行くんだ、という疑問。
指定された曜日に収集所へ持っていけば綺麗さっぱり片付けてくれる。

この考えが間違いでしょう。
ゴミはゴミ収集車が持って行って、ゴミ焼却炉か、埋め立て地に入るわけですから。
どうやっても無くなりません。

ていうか、俺はこれを考えたら、税金払わないかんじゃんか!!! と思わされましたww
自分で処理出来ない廃棄物を、国が代わりに受け持ってくれてるんだから金払って当然でしょう。
粗大ゴミとか出すの面倒でベランダ放置やし……、いつまで経っても無くならんww

燃やしたら二酸化炭素で温暖化、有害物質の発生でやっぱり無くなりませんし、
埋めても土壌に汚染物質がにじみ出るとかでやっぱり無くなりません。

つまるところ、ゴミは出さない、出しても必要最小限。これを徹底しないといけないでしょう。
それから、国の体勢としても、これは強気な政策を行なって良いんじゃないかと思います。
ていうか神奈川県、いい加減燃えるゴミと燃えないゴミ分けろ。

少なくともゴミ収集所に、ゴミは運ばれてこうなります。ぐらい書いたらどうでしょうか。
俺も含めて無責任なやつが多いと思うので。(すまん!)



未来の子供に問題押し付けんなよ〜〜




3/28
ほんとにペットショップというか、ペットという考え方が嫌いです…
何様やねん人間と思う。ケージに入れられた子犬の目見れねえ。
あっちからすりゃ人間皆コエー奴らだと感じてると思うぜ。
心配してるとか関係なしに、
あれを見てカワイイと言えるのは狂ってる。
ハムスターは何も考えてなさそうであんまり気にならないんだけど。

中くらいのカメが、ずっとガラスケースの端を頭突きし続けてた、

動物自身が飼われて苦しんでなければ問題ないんだけど。


少なくとも俺は生き物を殺すから絶対飼えん。






3/4
言っとかなきゃなーと思ったり。




皆幸せになっとけ。



涙が出るぐらい幸せになっとけ。



あと、頑張れ!!!



夢に生きれ。



身体を壊さないように。



無理には頑張るな。





生き続けれ、







2/26
世の中濁ってる!

俺も、純粋さ、とかいうやつに濁る時がある!!


自分可愛さが、一番気持ち悪い!!!



叫べるなら叫びてーよな。



追記

寂しかったらよ、ちくしょう寂しいぜ! って言ってしまえばええんだと思うぜ。

寂しいからって、誤摩化しの為に人に優しさを求めるのは好かねえ。



でも寂しいと思ったら実際寂しいと感じてるんだから、それはそれで良いんだよ!



楽しいと思ったら楽しいんだし、幸せを感じたら幸せなんだと思うぜ。
それは感じてることだから事実なんだよ。


なんだけど、人はその感情に甘えたりするから。
そこで自分と向き合えなくなって、独りよがりなことをしてしまう。


それはどんな感情でも起こりうることだ。


自分の感情に嘘を付いちゃいけない。








2/26
人の歴史が一万年あったとすれば。

それはすなわち、親から子が生まれるという現象が、
一万年間途絶えることがなかったということだ。

一万年前の自分の先祖想像出来ますかい。

もっと言えば46億年、地球が誕生してから。

生命が誕生したのはいつだったか忘れた。

俺にはどうにも、化学反応によって生命が誕生してしまう瞬間がピンと来ないんだけど、

生まれたもんはしょうがない。




何にしても、命の軌跡がまだ続いてるということはとてつもない。

適当に生きてる人は一万年間受け継いだ遺伝子をよく無駄に出来るぜ…。
もったいない笑


命だけじゃなくて、全ての物に歴史があり。


色々が色々ぶつかったりして変化しつつ、そういう世界に自分らは住んでて。

それらを含んだ地球は今回っている!



46億年回ってきて、生命が誕生してこんなに考えられるようになって、


生命が生まれてから今まで育んできたものを考えれば、




しみったれてるのも馬鹿馬鹿しいぜ!!!






!!!!!未来!!!!!!





(調べてみたら、250万年前にアウストラロピテクスっていう猿人が最初の人類とされているとのこと、
一万年どころかとんでもなく昔の話だった。一応そうされている、てことは押さえとかきゃいけないけど。教科書の歴史は変わるしなー。)






2/25
地震とかさ、事故とか、
あと事件に巻き込まれたりとか、狂気の奴が襲ってきただとか、
もちろん戦争、爆弾、
病気もあるか。

明日にでも死ねるんだよ。事実として、



いつ死ぬかもしれないんだから今楽しんどいたほうが良いじゃん。て言う人がいるけど。
俺としては、それは半分当たりだと思う。


人生を楽しんで終えられればそれでよしとするのは、一つの生き方。


けど俺としては、最高に楽しくなければ、嫌だ。

他人の目線から見て、一人で楽しんでるだけ、と冷めたら、もうそこでストップしてしまう。

だから他人も全部巻き込んで盛り上げてしまいたい。



死んだらそれまでで終わり、
身体を動かすことが出来なくなる。


その後で何をしようったって何も出来ない。

後の人々に影響を与えるのは、生きて残した遺産だけだ。


死後も続く歴史の中で、消えていく自分で我慢出来るなら、人生を楽しんでいるだけで良いだろう。

それが嫌なら、生きてるうちに何かやるしかない。


まだ世の中に埋もれているかいな。






俺は地球が沸き上がる瞬間をこの手でつくりだしたいよ。





…限りない傲慢。







2/20
世界に哀しい音がなる
ニュースってのはどこまで現実を現しているか、信じ過ぎちゃダメですね。

でも、〜死亡。 は確実に、誰か死んだってことだからなあ。
ニュースで最終的に信じられるところはその事実だと思う。
死んだことそのものがすり替えられるのは別な問題だけど。

責任を問うとか良くテレビでやるけどさ!
ほぼ、そう簡単に「お前はここが悪い」で済むわけないじゃんか。
テレビが扱える責任はそんなにでかくないと思うんだよ。
少なくとも個人の資質をテレビで問うのはちょっとどうなんだろ…。
まあ閣僚やら、重要犯罪犯した人間はわからなくは、ない。

皆それぞれに不完全で、それ故に悩んでるなら、
個人を話題に登らせる場合そこは考えとかなければいけないですね。

自分で完結してしまった人も中にはいるけど、
そいつらには断じて道を譲ってはならない。
でも基本的には、誰もが人間的に曲がってるのかもしれん。それで満足しとったら馬鹿だ。

人の痛みを理解することが大切ですね。
結局のところ自分だけで世界は回っとらんからな〜。

他人事は色々楽なんだけど、
自分に嘘付くか、周りを見ない奴じゃないとと出来ないんじゃねえかなと思う。
あと世捨て人なら可能か。

救急車の音は誰かの可能性が消えるかもしれない音だから怖いね。
あの音に聴き慣れてしまう自分も怖い。


生は可能性、悩みはきっかけ、そして死は不可能性




理不尽な世の中と自分に負けてはならんよ。






2/18
感情に流されてはいけないよ。


でも感情は忘れるな。






2/16
例え誰にも見せないノートに書きなぐるにしても、
自分の言葉にはちゃんと責任を持たなきゃならんのですね。

後で見た時気持ち悪くなって後悔するのは自分ですから笑

あと感情で無理に書くのもいかんですね。
自分見えてなくて痛い言葉続出です。


あ〜気分わり〜〜〜〜




2/15
ネットの問題。

ネット(このホームページも含めて、通信コミュニケーション全般)の特徴は、
発信する人間と受け取る人間に、普通に話すよりも少ない情報でやりとりしているということ。
まず相手の顔が見えないですから、文字だけ(絵とか、写真とかもあるか)で相手が何を言いたいのか、どう思ってやってるのか読み取らないといけないです。

なのですが、自分が発信する際、相手の顔が見えないので(間もあまり気にしなくて良いので)自分の好きなように発信出来ます。
しかも一見リスクを負わないように見える。
下手をすれば、責任のない言葉をどんどん発してしまうことを招きかねない。
どんなに言っても相手の気持ちが見えにくいですので…

それと、手紙などともまた違った感覚で発信出来てしまう。
手間のかかる手紙とは違い、
簡単にキーボードから言葉をつくり出して、送信ボタンを押せば相手に送られてしまいます。

それ故に、ちょっとした言葉を言いたい時にはとても便利なのですけどね。

簡単過ぎて危険なのです。


どんなコミュニケーションにしても、
やはりそれをやったらどうなるか、の意識は必要だと思います。
自分が発して誰かがそれを受け取ったら、もう既にその人との関係は始まっていますので。
確実に責任は生じておるのですよ。


簡単に自分を信用しないことも大切ということか!




2/14
難しいとは言いつつも、問題を放っておくことは出来ない沙汰。

女、というのがどうしてもわからないです。
俺が単に女に対して疎いというのは事実なのですが、それにしても気持ちがようわからんです。
本当は人の気持ちなど到底その人以外の他人に理解できるものではないのですが、
それにしても男友達のようには必ずいかない何かがある気がします。

何だかそんなに俺は悪いことをした覚えがないのに、後悔してる。
そういうの、あります。
女の人は男と違ってとても時間を大切にしているのではないかとも、
男は時間が経ってもちゃんと話し合えればそれで良いみたいなところがありますが。
そういうわけには行かないような気配です。

難しい。
気持ちを察しなければならんか。
それは人と関係する上で男も女もなく、当然のこととは言えど。


女は儚いその瞬間に生を求め、
男は躍動する一瞬に生を見いだす。


なんだかそんな気がしました。
それだけではもちろんないのでしょうけど。


バレンタインデーですしね…。



2/13
追記分、

何だか最近扱ってることが難しくなり過ぎてる気がするので。

「今いるこの自分、この瞬間生きてる感覚を大切にしよう!」

もう全部ひっくるめてこれで良いです笑

本当に、悔いのない人生を送って下さいよ!



2/13
頭の中に何でか残っている言葉がある。
この前図書館行って見つけてきた本の中にあった言葉だ。

「人は、幸せを求める道と自分を追求する道を選べる。
両方というのは出来ない。どちらか一つしか選べない。」

著者、北村勇喜、二十歳、2000年4月22日、交通事故に遭い、5月1日、永眠


凄く考えてしまう。
本当に両方は無理なのか?


一人で幸せだという人もいるかもしれないけど、それは結構難しい。
何らかの思想に準じてないと無理な気がする。

だとすれば、人に愛されることが幸せだろうかなと思うんだが、
自己を追求するということは、結局のところ他人を排したところから生まれてくる。
本当に人として愛されるためには、自分を犠牲にしなければならない部分があるのではないかと思うのだ。

どんなに相手のことを考えても、
自分を追求する人間は自分を犠牲にしてまで相手に尽くすというのは、ない。
端から見ればただの自分勝手だ。

これはどうやっても愛されない。愛されたとしても本当の意味で幸せだと感じることはないだろう。
何だか人間てとても哀しい生き物に見えてきた。

幸せを求めたら、追求すべき夢を諦めなければならず、
夢に生きれば、幸せに甘んじるわけにはいかないという。


どっちも、最高!というわけには行かないじゃないか。
あ〜あ〜










2/12
やっぱり回りくどいのはダメね。
読みにくいわ。

やはり
よりわかりやすく、よりためになる。読み物でありたいと思われます。

気持ちが伝わらないと言葉にする意味もない気するからね。


皆さんも身の回りに色々気を配って、
面白いこと探求しまそうぜ。
といつもどおり言っちゃってみる。


たまには自分に対してガツンとせなあかん時があるからね。
こういう文章も必要ですよ。


○。


2/11
ネットとかが発達して自分の欲しい情報が結構簡単に手に入れられる(と思ってしまう)現在。
世界を頭で全部整理できるとか思ってる人がいるんじゃねえかと。

まあそれでなくても、
自分の日常の手の届く範囲で物事を捉えようとするのが普通だと思う。

だけんどもあんまり自分の頭を信用しないほうが良いと思うのだ。
頭だけで考えてると、狭い視界しか見れないからさ。

人間にはさ、
五感があるんだよなんと!
さらに手と足も付いてるわけで。
色々出来るんだよ。

昨日は二年間ずっと片面しか見てなかった線路を挟んでお隣の、
相模原米軍補給基地の外周を一回りしてきました。
二時間半かかったけどね笑
そんなでかいとは思ってなかったw

基地の裏側なんて実際に行ってみるまではわかるもんじゃなかったん だよ。
頭ではどうとでも考えられるけどさ、
裏側に行ってみて、基地の向こうのあのビル群の光の中に自分の家があると思ったら凄い感動して。

だから何と言うか、
せっかく色々身体も頭も使って出来るんだから、
自分のかしこまった世界に留まってないで、動いちゃえよって思うんだわ。

人間一人がのうのうと生きて知れることなんて大したことないと思うしさ、
自分が物事知ってるなんて思う必要さえないと思うで。


国、法律、金、家族、友人、宗教、
今いるこの世の常識を全部覆したってかまわないわけだよ。


やれよ笑


2/8
昨日の続きみたいな感じで言いたいことがあったんだった!

あのよ、妥協するヤツいるじゃんか!!
そりゃ俺の半分のことでもあるんだけどさ!
まあ、何かそれでも、しょうがない…かなぁ。って!
ふざけんな、、って思うわけだよ!

就職とか先のこと色々考えて、まあしといたほうが良いし、一応自分のやりたい事だしと、
そこらへん、で納得しちゃったりするじゃん。
自分に言い聞かせるの、

おいおい死ぬまでそうやってるのかよ。
まあ、こんぐらいで死んでもしょうがないか…。
こういう結末になるんじゃねえの??
一回きりの人生を、しょうがない??????

先に先にじゃ、自分は世の中に流されてるだけで、自分の本当の姿ってのは見えない。
必ず決断する時が来るよな、
デット・オア・アライブ
生き抜くか、埋もれるか、笑

まあそんな感じで怠惰な自分はベットにくるまりながらもんもん自問自答しとるわけです。
あーめんどくさい。



2/7
色んなことに思い悩んでいる人がいる。
思い詰めて死にたくなってる人もいるかもしれない。

でもちょっと待て、と俺は思う。
まだ、生きてるんだよ。
生きてくつもりもなくたって、生きちゃってるんだよ。と、
何が起こっても生きてるなら、それはまだ何かやれる可能性が残されてるってことだ。
明石家さんまが「生きてるだけで丸儲け」て言ってたけどホントそうだ。
生まれちゃって、生きちゃってるわけだから、
ぐちぐちしてるより思いっきり楽しんだほうが絶対得だってことだ。
あとどうやるかは自分のやり方次第だけどね。

きつい状況は多々あると思う。
生死を彷徨うことももしかしたらあるかもしれない。
それでもまだ生きれるなら、何かやりたいじゃんか! どーんと散ってやりたいじゃん。

生き抜く、
生物の存在する理由。


いじめを受けて死にたくなっている子供達にも、この言葉を伝えたい。
お前まだ生きてんだぞ!! 
こんなとこ抜け出せば色んなことやれるんだぞ!!!


マジで、




2/4
いいんだよ。
この言葉は力になる。

今出来てなくてもいいんだよ。
負い目を感じる必要はない。
まだ先があるのだったら、寧ろ未熟な自分を喜ぶべき。

でも今のままじゃダメだと思ったのなら、
何で出来ないのかゆっくり考えて探す。
そして行動に移す。


今出来てないのは、これまでの自分がやってこなかったからに過ぎない。
だから、そのことをどうこう言ったってどうしようもない。
それよりも出来ていない自分をしっかり理解した上で、
その先を目指すにはどうすれば良いか考えたほうが良いに決まってる。

周りが悪くて自分が出来ないということもあるかもしれない。
それでも、どんな状況になったとしても、
自分の人生は自分のものだ。
そこでふてくされてしまったら、人生を投げるのと同じだ。
だったら死に物狂いでもやるしかないだろ。

今出来てなくてもいい。
でも明日は出来るようにするべきだ。





2/2
生きてる実感はどんな時に来るのか。

自分が一番苦しい時というのは、追い込まれた時よりも、生きている感じがしない時。
夜更かしして昼過ぎに起きて、とりあえずパソコンを付けてみたりテレビを見てみたりするけど、
何も考えられなくて時間が過ぎていくのはわかっててもそのことに焦るだけで、
自分が何をするべきかも、何でこういうことになっているのかもわからない状態で、
曖昧でも脅迫観念みたいにやらなきゃいけないことが頭にのぼって、
それでも何だかやりたくなくて、
よくわからんごちゃごちゃした気持ちになる時。

そういう時はとにかく街に出て頭をリフレッシュするようにしてる。
でも、それだけでは自分が「生きている」という実感は覚えられない。

自分は人に、やると言っておいてずっと滞っていたものがあったのだけど、
毎日バイトで忙しいだとか、疲れてるとか、今日は気分が違うだとか、なんだかんだ理由を付けてやっていなかった。
気分をリフレッシュしても、それは全く変わらずに自分の目の前にあったわけだ。

だけども、もう後には引けないとなった時に手を付けてみたら、これは自分が越えなければならないことだったんだ、て凄い自分の中から湧き出て来る力を感じ て。
その時、自分は自分の怠惰を乗り越えて行く感じがした。

俺は何処にでも何でもやれる!! そういう気分だった。
確実にこの時は、生きてる、と思った。


生きてる実感というのは人間の生活の中ですごい重要なことだと思ってる。
それは、自分がこの世に身体を授かってそこで何をするべきか、がわかった瞬間だと思うからだ。
その時に人間は自分の先へ行ける。

生きてる実感を得るためには、
今自分が直面している一番大きな問題を解決する以外方法はないのだと思う。
そしてそれは自分にとって一番やりたくないことでもあるかもしれない。

それでも、本気で生きることは絶対に素晴らしいし、
自分に嘘を付いてまで生きたくはないと俺は思う。





1/31
夜とか。もうそろそろ寝ないと明日やばいなーと思う時とか。
でも何にもやってないから何かやってから寝なあかんと思う時に。
世の中の流れからはみ出す自分が存在する感覚がある。

そのはみ出した部分は、生活している自分さえからもはみ出していて、
明日きつくなるから寝るとか、これを明日までにやらなきゃいかんとか
そういうことを他人事として考える。

あー、そういや振り回される必要ないわ。何でもやれんじゃん。

何かやろうとして空回りしてると、空回りする原因を突き止めようとしてそういう自分が生まれて来るのだろうけど。
その感覚の時に自分の質が見えて、やることがわかってくる。

汝自らを知れ

結局はそういうことなんだけど。
やっぱりそれを言ったソクラテスや、色々考えて来た人間は凄い。



1/30
まず。何かを自分で始めようと思った時、
必ず様々な制約がついてくる。
例えば音楽をやるにしても、誰もが初めはドレミファソラシドを基本にしようとし、それが一般になっている。
ドレミの音階はとても効率的で便利(そして何より美しい!)だが、その中に納まっていては本当に強い音楽は出来ないと考えている。
そもそも、音は流動的なものであって、人がその流れを捉えようした時に固定した音が生まれ、それを整理するために音階をつくった。
その頂点を極めたのが今世界で使われているドレミの音階だろう。

しかし、こういった歴史を当たり前のものとしているのが現実の人間達であり。
そのためにドレミでしか音楽をつくれないと勝手に思い込む。

何かやろうとしているのに上手くいかない時、
やろうとしていることの原点に戻ることで受けている制約の正体が掴めるのではないかと思う。

白紙から描く。

この気分で絵を描く時、自分はとてもワクワクするのだ。





1/24
あ”ー
言葉が堅くていかん。
ちょっと自分でわかった気になって

あー
結局フィルター通して見てんじゃねえのか
カッコいいこと言っても

誰の言うことが正しくて
間違ってるとかはどうでも良いことで
自分が正しいかさえ問題でない
まだこだわってるか


教師にでもなりたいんかい
教えられるなんて勘違いすんな



全く自分にこだわってない人と話すと
自らを思い知る。


もっとやりたいことを思い切りやってれば、
走れれば、




1/16
今日の日付を頭ん中に
ゆっくり確かに動いてるそれを感じ取る

二つ隣のビジネスホテルが取り壊された。
シャベルで徐々に内側からなくなっていった。
残ったコンクリートと鉄芯の山の上にシャベルが佇む、
それも運ばれて何処かの処理場に捨てられるだろう。
あとに残るのは空いた土地のみ。
四角いマンションの列の中、ぽっかり空いた空間。
しかしそれもすぐに埋まる。建てては壊し、そのあともまた何も変わらない。
同じ事が繰り返される。

ゆっくりと流れているこの感じから、眼を離してはならない

同じ事が繰り返されているようで、確実に世界は進んでいる。
消え往くものと生まれるものの狭間の現在、
その中で人間は生きている。
世界が滅びない保証は何処にもない。

もし明日消えたら、今日が最後だ。













戻〜