窓の外は雪でも、部屋の中はストーブで暖かい。
ランプの明かりの横で本のページをめくる。
「
そして、犬は誰とも知れず一匹で去って行った…。
私は犬を追っかけたかったが、それが出来ないことはわかっていた。
犬は、自分がこの家に居られないことを自らで悟ったのだ。
今追いかけても犬は帰ってこないだろう。私の頭を様々な後悔の念がよぎる。
そのうちに、私は悩み疲れて眠ってしまっていた。」
…ちょっと疲れてきたのでここで本を閉じて休むことにする。
「〜〜〜ですー。」
郵便屋さんが来たようだ。椅子から腰を上げて扉に向かう。
郵便屋さんから手紙を受け取り判子を押した。 郵便屋さんの黒い服に雪が積もっている。
外から雪が入ってきて私の足下に落ちては消える。
確認が済むと郵便屋さんは挨拶をし、自転車に乗ってまた雪の中を走っていった。
見届けて扉を閉める。
ランプの明かりが揺れているのが見える。
溶けた雪がその光を反射していた。
台所へ向かい、やかんを火にかける。
台所は暗いので、赤と青の混じった炎がやけに鮮やかに見える。
棚からカップとコーヒー缶を取り出す。
やかんは一定のリズムで、カンカンと音を立てる。
(犬は何処へ向かったのだろうか)
やかんのやけに高い音が鳴り出し、火を止める。
セットしたカップにお湯を注ぐ。
泡がたち湯気が登る。
カップを持って椅子に戻る。
一口含んで、机にカップを置いた。
今はまだ、あまり本の続きを読む気になれない。
〜〜
雪もだいぶ溶けた。
家から外に出ると、一面の若草が風に身を委ねて模様を描く。
最近は小さな紙に絵を描いて売るようになった。
野菜の無人販売所に時々お邪魔させてもらっている。
そんなに売れないが、夕方になると農家の人が店閉めにやって来て野菜と交換してくれる。
最近はいつもそこの日陰で座りながらぼーっとしている。
蝶が飛んで来たりしてそんなに飽きない。
「それから一ヶ月ぐらいが経って、私と両親は引っ越すことになった。
ついこの前まで部屋に閉じこもって泣いていたはずの私は犬のことをあまり思い出せなくなっていた。
悲しいはずのことだと思いながら引っ越しの準備を済ませていった。
今度は街中に引っ越すらしい
小さめのトラックに父親と父親の友人が荷物を詰め込む。
父親の友人は時々うちで夕食を共にしたりして私も遊んでもらっている。
私も自分の荷物を詰め込む。
街に着いた時にはもう電灯が付いていた。
カレーの匂いがする。
レンガ通りの住宅街の花屋の向かいの3階建てアパート
花屋に黒猫がいる。
こっちを見て鳴いた 」
「 雨が続く。私は雨の時はたいてい窓から花屋を眺めてぼーっとしている。花と雨は似合うと思う。
黒猫はいつも顔を拭ってる。時々目が合うこともある。
荷物はほとんど家の中に整理されたけど、私の部屋だけダンボールのままのが多い。結構怒られる。
レンガ通りは雨に濡れると不思議な匂いがする。石のにおいかな。
ちょっと歌いたい気分になって鼻歌を口ずさんでた。 」
窓が軋んでいる。
雨が風と共にガラスに吹き付ける。
窓の枠から水が染み込んできている。
ページをめくる。
ランプの明かりが窓の振動と重なって揺れる。
本にさす光も揺れる。
目の前を夢が流れる
光、いや明かり、
蝶々は羽ばたかずに飛んでいく
靴ひもがほどけた
アリが三匹その周りをくるくる回っている
目を閉じて行く
皺がよる
黒いまんまるにしっかりとした光
「 両親と街に買い物に出かける。
ぬいぐるみが置いてある店で私が必ず停まるので親の顔が困ってた。
暖かめの帽子を買ってもらった。
雪が降ると良いな と思う。 」
ストーブに火を点す。
少しずつ燃え出す。煙もちょっと上がる。
本は机に置かれたまま埃を被っている。
グラスにそそがれたブランデーを喉に持ってく。
部屋には音もしない。
椅子に座ったまま窓の外を見て、そのあと扉を見た。
灯りは机に置かれたランプとストーブだけで暗い。
ランプにも埃が目立つ、
描き途中の絵が机にはある。
かすんだランプの灯り。
音はしない。
本をひらく
印刷された文字は少し滲んでいる。
ランプが消えた
ストーブはゆっくり燃えている。
窓から月が見える、雲の流れも見える。
雲は覆い被さり、抜けてまた光り出す。
椅子から立ち上がって窓に向かう。
雲の流れは早い、
窓のすぐ外のススキは月灯りを受けて揺れる
空と広がる蒼く灰色の雲
まどが曇って景色は薄くなった。
椅子に戻って上を向く、だんだんと天井のかたちが見えてくる。
蒼い
目を開いて
立ち上がり上着を着込んで鞄を持って
ブランデーの残りを煽って
靴を履いて外に出た。
鍵はかける。
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